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安全の根拠は自分で決める

東日本大震災後、各地で地震・津波に備えるための施設が建設されている。静岡県で津波対策用施設の基本設計・詳細設計を担当した正木は、思いもよらない課題に直面することになった。


避難タワーの基準を決める

 構造部主任の正木智弘は、大学時代では土木工学を専攻した。しかし建築にも興味があった彼は、大学院に進むとき建築と土木のどちらの研究室を選ぶかで迷ったという。そのときは熟考の末に土木の研究室を選び、「自ら設計した構造物で世の中の役に立ちたい」という思いを抱いて中央コンサルタンツに入社した。しかし数年後、再び土木と建築の狭間で悩む日が来るとは思ってもみなかった。
 東北を始めとする各地に甚大な被害をもたらした東日本大震災は、その後の全国の土木行政に大きな影響を与えることになった。今日も全国で地震・津波への対策が急がれている。特に静岡県では、各地で南海トラフ巨大地震への対策が進められている。
「南海トラフ巨大地震が起きたら、震源に近い静岡県には短時間で大きな津波が到達することが予想されます」と正木。万一の場合、沿岸部の住民、また港湾などで働く人たちはすぐ高台や頑丈な建造物に避難しなくてはならない。適切な場所がない地域には、一時的に避難するための施設を行政が用意する。当時水環境部だった正木は、静岡県が行うこのプロジェクトに初期段階から関わり、基本計画・詳細計画の主担当を任された。
 最初に静岡県の地震被害想定に基づき、平成25年5月から翌1月まで8カ月をかけて津波避難タワーの設計手引書の作成に携わった。
「設計手引書とは、たとえば周辺人口に合わせて、海からどれだけ離れた場所に、どれくらいの規模の避難タワーをつくるか、という基準書のこと」
 つまり、彼のとりまとめた設計手法が今後の静岡県の避難タワーづくりの指針になるのだ。責任は重大だ。
「タワーといっても構造はそれほど難しくありませんし、必要な広さも避難する人数によって決まるので問題ありません。私が最も悩んだのは、地震や津波に対する基礎の性能および設計手法でした」



建築と土木の狭間で悩む

 一般的なタワーなら、構造物の高さと杭基礎の規模などの基本的な関係は、建築基準法で定められている。しかし正木が建てようとしているタワーは、大津波時の避難用という条件がある。しかも建設予定地の多くは埋立地であるため、地盤が弱く、液状化の可能性が高い。この悪条件で津波の圧力に耐える構造にするには、よほど強力な杭が必要になる。だからといって必要以上の強度をもたせると予算の無駄遣いになる。安全性とコストの折り合いをどうつけるかが問題だ。
「土木構造物の安全解析には、いろいろな方法があります。このときは港湾施設の設計に用いられているFLIPという地震応答解析プログラムをタワーの設計に応用することを提案しました」
 他にもさまざまな基準を徹底的に調べながら基準を決めていった。どこまで突きつめても正解はないと知りつつ、正木の奮闘の日々が続いた。
 彼が作成した手引書は静岡県で活用されるようになり、同年の4月から、正木が避難タワーの基本設計を担当することになった。
「県の調査によれば、大地震が起きたときに担当地区に残される人数は最大50名。手引書の1人1㎡という基準に従って、約50㎡の避難スペースを持つタワーを設計しました」
 基本設計が終わり、同年の暮れからはいよいよ施工に向けた詳細設計が始まった。
 しかし、平成27年4月に事態が急変した。
「津波荷重については、建築基準法に定められたものがないため、タワーの構造に適した算出方法を港湾施設の設計基準から決めていました。ところが詳細設計の段階になって、県の建築関連部署による建築物の設計指針が改訂され、津波荷重が新たに追加されていることが発覚しました」
 それまで土木関連の部署のみとやりとりしながら進めてきたプロジェクトのため、事前に情報を得ることができなかった。しかも追加された津波荷重はとても厳しい条件であり、適用すれば今までの設計の大部分がやり直しになり、大きな手戻りが発生する。何より、予算が大幅に跳ね上がるのは避けられない。以前の土木の基準が間違っていわたけではないから、このまま設計を進めることはできる。しかし、新たに示された荷重は安全性に大きく関わるものであり、技術者の良心とプライドにかけて無視はできない。
「結局、上司と相談した上で土木部署に報告し、新たな設計荷重を加えて設計をやり直すこととしました」


最優先すべきは、人々の安全

 こうして平成27年の7月、新基準を取り入れた詳細設計が完成した。しかし想定していた予算を大きくオーバーしたため、避難方法については再度検討されているという。しかし正木は、自らが下した判断が間違いだったとは思っていない。
「最優先すべきは、私たちの利益や作業の生産性などではなく、そこで生活する人たちの安全と安心なのですから」
 最初につくった設計手引書に関しても、関連基準の更新に合わせて改訂するように、今後はから県の土木部署にアドバイスをしていくという。
「実は避難タワーだけでなく、さまざまな緊急施設の計画が進められています。私は今、命山(いのちやま)のプロジェクトにも携わっています」
 命山とは、土を盛って人工的な高台を築き、普段は地域の公園などとして利用し、地震や津波の際には避難場として利用する施設のこと。彼が設計をした命山は、すでに工事段階に入っているものもある。
「何もないところに山ができるのですから、景観が変わります。将来、現場の近くを通りがかった際には『あれは命山といって、俺が設計したんだよ』と家族に話ができます」
 形が違えば設計の基準も異なる。しかし、その背後にある彼の思いが変わるわけではない。これから先も、自ら設計した構造物で地域の人々の安全と安心を守り続けたいと彼は考える。


<プロフィール>

正木智弘
2012年入社
本店 構造部主任
技術士:建設部門(鋼構造及びコンクリート)
以前は「オシャレっぽい」という理由で建築に興味があったという正木。しかし就職活動中に東日本大震災が起き、土木工事の重要さを再認識したことで土木コンサルティングに進んだ。現在は構造部で、多くの人の安全・安心を守る施設の設計に全力で取り組む。



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